海岸広場ができるまで

2011年3月11日 東日本大震災発生

東日本大震災が発生。津波によりまちの大半の建物が流失しました。

2011年9月 女川町復興計画策定

女川復興のシンボルとして、震災の記憶の継承と海岸周辺のまち歩きの回遊性を生み出す公園として整備する方針を決定しました。
また、震災遺構を保存する方針を打ち出しました。

2012年6月〜2014年3月 まちづくりワーキンググループ

町民が主体となって海岸広場の設計に対する考え方やアイデアが議論されました。
この議論の中で「口説ける水辺のある町」というコンセプトが生まれました。

2015年10月〜2016年1月 町民ワークショップ

海岸広場に導入する施設・機能、使い方、運営等についてアイデアを出し合いました。

2017年〜 設計の検討

女川町でイベント等を実施する事業者、子育て世代の方等との対話を続けながら、海岸広場の設計が進められました。

2019年3月 海岸広場1期エリア・震災遺構完成

震災遺構・マッシュパーク周辺の第1期エリアが完成。同月に「女川桜守りの会」が中心となって、町民参加により桜の植樹を行いました。

2020年12月 海岸広場全面竣工

スケートパークを含む海岸広場全体が完成。子供から大人まで、多くの方が訪れる場所になりました。

2021年8月 マッシュパークオープン

2022年7月 指定管理者 女川みらい創造㈱による管理開始